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ペット徒然

ペットについてのあれこれを、気の赴くままに綴ってみようと思います。

別に、動物嫌いではない。

 遂に、我が家で犬を飼うことになってしまった。
 小学生の息子と娘と、それから二人を援護する夫に、とうとう負けてしまった形だ。夫が頼んだペットショップから連絡が入れば、我が家に犬がやってくることになるだろう。私は、正直言って犬が嫌いなのだが。
 動物全般が嫌いという訳ではない。私の故郷は丹波の山奥なのだが、実家ではずっと兎と鶏を飼っていた。山羊や羊を飼っていたこともある。牧場を経営していた訳ではなく、当時何処の家でもそうしていたように、家族のために飼育していたのだ。
 どれも、なかなか可愛かった。鶏など見た目はそれほど可愛らしいものではないが、しかし飼ってみればどうしてどうして、いたいけなものなのだ。
 夕方、
『とうっとっととと! とうっとっととと!』
と声をかけ、鶏小屋の戸を開けてやると、
『お遊びの時間だ!』
と言わんばかり。ばたばたと羽ばたいて、鶏たちはおいどを振って勢い良く庭へ駆け出していく。祖父の丹精していた牡丹やツツジなどの木、父がわざわざ遠くの都会(宝塚だと思う)の草生園から取り寄せて大事に大事に育てていた珍しい花壇の花の根元を足で掘り返し、虫を探し出しては啄み、喉が渇けば前庭の池へ。くっくと喉を反らして水を飲む。
 そうして好き放題駆けまわって、日が落ち辺りが暗くなり始めると、何もせずとも三々五々、勝手に小屋に戻ってきて、そして止まり木に止まって眠りにつく。
 もっとも、中には個性派もいて、その子は庭外れの大きな大美濃柿のてっぺんに止まって夜明かしするのだ。
 鶏だからといって、馬鹿にしてはいけない。普通の鶏でも、屋敷横を流れる小川の岸辺から岸辺へくらいは簡単に跳ぶ。そして見上げる高さの木の上ならば、そうそう滅多な動物(蛇やイタチ)に襲われたりもしない。
 私たちはそれを知っているので、その子が小屋にいなくても、他の子たちが揃っていれば戸を閉める。
 そうして朝、近所の家々から、
『こけこっこー!』
『こけこっこー!』
と次々に雄鶏たちが時をつくり、夜が明けると、私たちは鶏に朝ごはんをやりに行く。すると、外で過ごしたあの猛者もようやくご帰巣になる。
 当時、どの家でも雌鶏が五、六羽、雄鶏が一羽、一緒に飼われていた。なぜ雄鶏が一羽いるかというと、雌鶏に卵を抱かせてヒヨコを孵らせるためだ。孵ったヒヨコがぴよぴよ鳴いて、母鶏の後ろにくっついて遊び回る姿は本当に可愛らしいものだった。
 だから、毎日私たちが集める卵は有精卵だった。
 雌鶏は卵を生むと、
『けぇこっこここ、けぇこっこここ』
 と、独特の鳴き方で
『生んだよ!』
と教えてくれるので、私たちは生みたての温かい卵を取りに行く。
 その卵全部を家族で食べる訳ではない。ほとんどは回ってくる卵買いさんに買っていってもらうのだが、それでもまあ、大した収入になるものではなかった。
 ただ、うちの卵はけっこう美味しかったのではないかと思う。
 家の野菜屑や水辺に生える溝そばなどの青草を母が刻み、そこへ米糠や組合(農協)から買ってきた魚粉も混ぜてこね合わせ、鶏たちにいつも食べさせていた。秋になると、私たち子供も鶏たちにたくさんのイナゴを採ってきてやった。
 稲田の害虫のイナゴだが、鶏たちにとってはご馳走だ。
 実り始めた稲田、その畦に踏み込むと、ぴょんぴょんと黄色いイナゴが飛び出てくる。逃げようとするそれを素早く捕まえて、空のサイダー瓶に押し込む、時には自転車の車輪のスポークで串刺しにしていく。友達や弟と数を競って採っていくので、私たちにとっては楽しい遊びのようなものだった。
 その遊びの成果をお腹一杯食べて、思う存分運動して、鶏たちはきっと栄養たっぷりの、とびきり味の良い卵を生んでいたはずだ。今でいう、自然飼育である。
 やがて歳をとって卵を生まなくなった鶏は、父が捌いて鳥鍋にしてくれた。それも楽しみだった。父の本職は教師だったのだが、それこそ今にして思えば多趣味で多才な人で、鳥でも魚でも、兎でも自分の手で捌いていた。
 私たち子供がアラ(肉のついた骨)を好んだので、骨にわざとたっぷり肉をつけて切り分けてくれる。夕飯の前に、母がそれを甘辛い、濃い味にして煮付けてくれたので、私たちは夢中になってアラをしゃぶった。本番の鳥鍋より美味しいのではないかと思ったものだ。
 とはいえ、鳥鍋ももちろん美味しかった。廃鶏の肉は堅いが、味がある。たまに、お腹にまだ卵の元を抱いているのもいて、
『まだ卵を生んだのになあ!』
 惜しかったと嘆く一方で、その卵のもとは姉弟三人、取り合いをして食べた。
 こんな話をすると、二人の私の子どもたちも、一人きりいる私の姪も、信じられないという顔をする。ペットに慣れた世代の子供たちは、そのペットを美味しく食べてしまうという行為があり得ないものに思えるらしい。
 まあ、確かに今でいうペットというより家畜に近い存在だったのだろうが、それでも、可愛いと思っていたのも嘘ではない。
 山羊は乳を、羊は毛を、兎は鶏と同じく肉と、それから毛皮を。それぞれ提供してくれた。兎の毛皮を使った父のデンチ(チョッキ)は、今でも実家に残っているはずだ。

 

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